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名古屋簡易裁判所 昭和35年(ハ)308号 判決

判   決

原告

渡辺宗正

右訴訟代理人弁護士

中根孫一

右同

山本英一

被告

疋田薰

右訴訟代理人弁護士

山本正男

右当事者間の昭和三五年(ハ)第三〇八号家屋明渡請求事件につき当裁判所は次のとおり判決する。

主文

被告は原告に対し、別紙目録記載の家屋を明渡せ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、予備的請求として「被告は原告に対し、名古屋市熱田区三本松町二丁目四五番地宅地一〇一坪七合一勺の地上にある木造瓦葺平家建居宅一棟建坪一六坪二合(但し、元別紙目録記載の家屋)を収去して、その敷地一六坪二合を明渡せ。」との判決を求め、その請求の原因として、

一、原告は、別紙目録記載の家屋(以下本件家屋と略称)の所有者であるが、原告は被告に対し、本件家屋を期間を定めず賃貸していた。しかして、本件家屋は使用命数がきて、早晩腐朽を免れないので、それを蘇生させるための大修繕は新築に等しい費用を要する程度のものであつた。

二、しかるところ、本件家屋は昭和三四年九月の伊勢湾台風及び昭和三五年七月一六日、本件家屋と同一の西隣りより出火した火災のために類焼し滅失したので、被告との間の期間を定めない本件家屋の賃貸借契約はその目的を失い、消滅した。よつて本件建物を明渡すべきである。

三、仮りに右が理由がないとしても、本件建物は被告のなした大改造によつて、従前とは同一性を異にしているので、被告は本件地上(添付図面中斜線部分)に建物を存置せしむべき何んらの権限もない。

よつて、原告は名古屋市熱田区三本松町二丁目四五番地宅地一〇一坪七合一勺の土地所有権に基き、本件建物の敷地部分一六坪二合(添付図面中斜線部分)を同地上の木造瓦葺平家建居宅一棟建坪一六坪二合(但しもと別紙目録記載の家屋)を収去の上明渡しを求める。

四、仮りに本件家屋が滅失してなく、賃貸借契約が残るとすれば本件家屋は老朽(建築後四〇年経過)に加えて右の如く二回の被災によつて、全く使用不能の程度に廃損し滅失に近い状態に至り、これに根本的大改造、改築を加えねば建物としての効力を全うできないし、近隣に対しても危険であるから、原告は昭和三五年七月一八日付内容証明郵便をもつて、被告に対し解約申入をなしたので、本件賃貸借契約は解約されているから、明渡しを求める。仮りに右通知が解約申入れと認められないとしても、原告は本訴第六回口頭弁論期日(昭和三六年六月五日)に右の理由により明渡しを求める正当事由ありとして解約申入れをする。

立証(省略)

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として原告主張の請求原因事実第一項中原告が本件家屋を所有していること及び被告が期間を定めず賃借していることは認めるが、その余は否認。第二項中、昭和三五年七月一六日隣家より出火し本件家屋が類焼したことは認めるが、その余は否認。第三項は否認。第四項中、昭和三五年七月一八日付の内容証明郵便で本件賃貸借契約の通知があつたことは認めるが、その余は否認する。と述べ

一、本件家屋は、その使用命数が尽きているものではなく、或る程度の補修を以て使用し得る状態であり、且つ過般の伊勢湾台風以来現在も尚使用を継続しているものである。如何なる家屋と雖も、破損に対し修繕もせず放置すれば、可及的速かに消耗してしまうが、これを修繕して使用するのが当然の処置であり、それは建物保存の見地からも自明のことである。

二、しかるところ、前記昭和三五年七月一六日隣家より出火し、本件家屋に一部類焼したが、消防署や近隣の人のお蔭で全焼を免れ、隣人の援助で速かに修復するを得たのである。しかして、附近に居を構えている原告に修繕を請求しても、これに応じず火災のために困つている被告に追打ちをかけるように一部類焼に藉口して目的物件は使用不能であるから契約を解除するに至つたことは、全く人の行為とは考えられず、さすれば、本件家屋は滅失も朽廃もしておらず、本件家屋の廃損による契約解除の通知は何等の効力を有しないから、原告の本訴請求は不当不法のものである。と述べ

立証(省略)

理由

原告主張事実中、被告が本件家屋を期間を定めず賃借したこと、本件家屋が原告主張の日時に類焼したこと及び原告より本件家屋の使用不能を理由として昭和三五年七月一八日本件家屋の賃貸借契約解除の意思表示のあつたことは当事者間に争いがない。

そこで先ず本件家屋が滅失したかを検討する。

(証拠)を綜合すれば、本件家屋は昭和三四年九月の伊勢湾台風直後頃は建築以来約四〇年位経過し約一五度位かたむき、屋根瓦も相当程度いたみ、海水が約一米五〇糎の深さに浸水したため名古屋市の被害調査の結果は半壊と認定されていたが、被告において、そのまま居住していた。更に昭和三五年七月一六日の類焼による本件家屋の焼失の程度は、(1)出火もとである本件家屋と棟続きであつた東側の建物は全焼し滅失している。(2)別紙目録記載の本件家屋の見取図中(イ)(ロ)(ハ)の各部分は骨組みのみ残し天井板側壁も焼け落ち、便所部分は燻焼し、(ホ)(ニ)の各部分は、約東側半分位燻焼し、(ヘ)(ト)の各部分は、焼けずに残つたが、焼燬をまぬかれた部分も消火の為め相当程度の破損を受けたことが認められる。而して被告が施した補修工事は焼け落ちた屋根の部分をトタン板で修繕し、(イ)(ロ)(ハ)(ニ)の各部分は、天井及び壁をベニヤ板で縦柱は三寸角の新材で直し、(ホ)の部分は従来の古材をそのまま使用し修繕しその修繕期間は類焼約翌日より初めて約一週間位、補修工事費は約四五、〇〇〇円であつたことが認められる。右認定を左右するに足る証拠はない。

そこで本件家屋が右伊勢湾台風及び類焼により滅失したかについて考察するに、前記の認定によれば使用不能になつた部分は焼失並びに燻焼部分を合せて、本件家屋の約五割位であつて、残部は相当程度の破損があつたとは云え、まだ滅失した状態と云うことはできない。この点に関する原告の主張は採用しない。

次に原告の本件家屋は焼失前の家屋と同一性を欠くとの主張について考察するに、前記認定の如く本件家屋の類焼の程度は約五割であり、被告の補修工事は、その要した金額の点、工事個所の点、用いた資材等を綜合考察すると、雨露をしのぐ必要のほぼ最小限度の工事であり、焼失前の間取りを特に変更したり、又は拡張したりした点は認められないので、被告の補修後の本件家屋と焼失前の家屋とは、同一性があるものと考えられるので、この点に関する原告の主張は採用できない。

そこで更に原告の本件家屋の老朽と、二回に亘る被災により、全く使用不能の程度に廃損し、根本的大改造、改築を加えねば建物としての効用を全うできないし、近隣に対しても危険であることを理由とする契約解除の点について考察する。

まず原告がなした解除の意思表示は、類焼以前に半壊しており更に類焼により本件家屋が半焼したので危険防止並びに自己使用の必要があるから本件家屋をとりこわす旨の趣旨を包含していることは成立に争いのない甲第五号証により認められるので、単に滅失を理由としての解除の意思表示のみではないので、従つて正当事由に基づく解約の申入れもあつたと解すべきであるところ、正当事由の有無に付て考察するに、本件家屋の類焼の程度は、前記認定のとおり、本件家屋の建坪数の略々五割を焼失し、残存部分も建築後約四〇年の経過と伊勢湾台風等により約十五度位に傾斜し且つ類焼の際の消火活動により相当程度の損害を受けているので、見方によれば、当初の賃借目的を達し得ない程度に及んでおり、これを放置すれば、倒壊して附近の人畜施設に危険を及ぼす虞があると云うべきで、しかもこれを修復するには、新築同様多額の費用を要すること自明の理であり、かかる場合に賃貸人たる原告において、本件家屋を取毀しのため、賃貸借契約の申入をなすことは、正当理由があるものと考えられる。被告本人尋問の結果中には、原告に本件家屋の修繕を話してからなした旨の供述部分があるが、原告において類焼後直ちに契約解除の意思表示をなしたことは当事者間に争いがなく、右供述をもつて、原告が修繕を承認していたとは考えられず他に右に右認定を左右するに足る証拠はない。

従つて、右申入をなした昭和三五年七月一八日から六ケ月を経過した昭和三六年一月一八日本件家屋の賃貸借契約は終了したものでるから、原告に対し、被告は本件家屋を明渡す義務がある。よつて、原告の本訴請求を正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し仮執行の宣言は不適当として、これを附せず主文のとおり判決する。

名古屋簡易裁判所

裁判官 山 中 紀 行

目録、図面(省略)

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